ピンチはチャンス!試行錯誤を楽しむ<時計研究室871>花井富夫さん
謎多き店名の由来
(編集部) まずはユニークなお店の名前「時計研究室871」の由来を教えていただけますか?
(花井) 今も卸売業をやってるんだけどね、昔は卸業者が小売をするのはタブーだった時代があって…卸業とは違う屋号をと思って、遊び心で「時計研究室」ってつけたんです。実は「871」は「ハチナナイチ」じゃなくて、「ハナイ(花井)」と読むんです。
(編集部) この受付の名札、お客様から意味を聞かれることが多いそうですね。
(花井) 「8時7分1秒」ってどういう意味ですか?とか「時計店はない」を「時計店が無いってどういうことですか?」とかね。両方とも苗字の「ハナイ」のつもりなんだけどね。
(編集部) どんなきっかけでお店を始めることに?
(花井) 家業が時計の卸売業をしていてね、小学校6年から配達なんかをしてました。時計の修理に関してはね、昔は僕も可愛いかったから…(笑)時計屋さんがタダで修理の仕方を教えてくれました。自分の技術を誰かに教えたかったんじゃないかなあ。お店は平成元年に始めたんだけど、元々この場所にあった時計屋さんが店を閉めたいって言っていたところを引き継いだんです。

深読みしてしまう人が続出している、受付の名札。
「断らない」時計店
(編集部) 他のお店で修理を断られた時計が、よく持ち込まれるそうですね。
(花井) 量販店や一般的な時計店には職人がいなくて、メーカーに送ることが多いでしょう。メーカー対応だと時間がかかるから、急いでる人はウチみたいな修理店を探してるんだね。「できるだけめがない(壊さない)ように」がポリシーです(笑)。
(編集部) いままでで一番難しかった修理は?
(花井) この置時計かなあ…半年近く預かってるんだけど、パーツも資料も何もないんですよね。人の知恵も借りながらやってるけど、なかなか完成しなくてね。大学の物理学者とか、そういう人が教えてくれることもあるけど、それがそのまま答えになるわけじゃないから、自分で一つずつ試行錯誤してね。悩み過ぎたら行き詰まるかもしれないけど、僕は楽天的だから。お客さんが納得して気長に待ってくれるっていうのも大きいよね。

結婚後に時計の修理を勉強されたという奥様と。息がぴったりです!
飛び込んできたロレックス
取材中に、ベルトが切れたというお客様が来店されました。
(お客様)出来るかわからないんですけど、繋げてもらえればと思って。
(花井)はいはい。ネジは?
(お客様)無いんです。
(花井)ネジが飛んでますね。変な所が切れてるなあ…もう1個ここにコマがあったはずだけど。
(お客様)それしか無いんです。保証とか要らないので…
(花井)お急ぎですか?
(お客様)早いとありがたいです。
何でもお父様にもらった時計で、他のお店では修理が難しいと言われたそう。
花井さんと奥様はすぐ奥の作業場に入り、直す方法がないかと時計を調べ始めます。
およそ10分後。その場での修理は難しいという結論に至り、お預かりすることになりました。

ベルトが切れたロレックス。
「ピンチがチャンス!」宇宙で試行錯誤を楽しんで
(編集部) 数々の時計を修理してこられた中で、ピンチはありましたか?
(花井) しょっちゅうですよ(笑)。でもね、これ実はチャンスなんですよね。自分でやってて分かるんだけど、困難なのが来ると、それに対処することで、他のことにもその経験が活きてくる。だから「失敗は宝だ」ってわかったんですよ。生まれたのが失敗だったかもしれんけど…(笑)
(編集部) ご主人にとって「時計」ってどんな存在ですか?
(花井) うーん、「時計は小さな宇宙」ってよく言うじゃないですか?だから宇宙探索みたいな感じかなあ。普通なら断るような修理も、困難なんだけど「やってみたい」って思うんですよね。断ると楽なんだろうけど、燃えるんですよ。長嶋監督みたいに!(笑)
(編集部) おおー!
(花井) 時計は小さな宇宙。無限だとも思うよね。それも解明しないといけないなあ…。昔お客さんに「この店はブラックホールだ」って言われたこともあるし。
(編集部) ブラックホール…確かに。お店のいろんな物はどうやって集めたんですか?
(花井) これはね、もったいない精神。この流木とか、なんとか活かしてあげたいと思ってね。これなんかバイクのメーターなんだよね。防水だからジュースを置けるし。店が狭いからね、テーブルにちょうどいいんだよ。

小さな宇宙か、ブラックホールか。店内は混沌、そしてキラキラ。

バイクのメーターをテーブル代わりに、アイスコーヒーを頂きました。
72歳で現役の秘訣は?
(編集部) 御年72歳にして、現役バリバリですね!元気の秘訣ってありますか?
(花井) 高校まで新聞配達してたから、足腰は強いかもしれませんね。腰が一番大事だよね。
(編集部) じゃあ腰が痛くなることも無く?
(花井) …たまに痛くなる時はあるけどね(笑)。あとはおしゃべり!家にいたらボケると思うけど、店にいて会話してると頭を使うし、手先を使うし、それが毎日だから。冗談も言えるし、愚痴も言えるし…僕の人生は冗談しかないから (笑)。
(編集部) 夢はありますか?
(花井) 続けられるだけ、時計職人を続けたいよね。何歳まで頑張れるか。(娘さんを見て)後継者も育ってきているし!
(編集部) お弟子さんもいらっしゃいますか?
(花井) 何人かいましたよ。一人は台湾出身で広島大学に来て、時計が好きでね。大阪で語学を勉強してたとかで大阪弁。大学に行きながら、時計修理技能士の2級を取ってね。素直だったから覚えるのが早かったよね。
(編集部) 飛び込みで弟子入りですか?
(花井) うん…。時計が好きで、どこかで調べて来たんだろうなあ。
(編集部) 「時計研究室871」には、海外からのお客様も多いとお聞きしました。
(花井) 多いんですよ。最近だと、デンマーク、韓国、ドイツとかね。外国の人はなかなか理解できないのが面白いんです。でも言葉が通じなくても、不思議と気持ちが通じ合うことがあって、それが嬉しい。知らない国のお父さんとは3回もハグしました(笑)

バイクやオープンカーで奥様と各地を旅行した写真のコーナーも。
若い人へのメッセージ
(編集部) 若い人たちに伝えたいことはありますか?
(花井) 「続けてたらいいことはある!」どんな仕事でも困難はあるけど、継続は力って本当ですよ。続けてたらいいことあるよ。まあ正直言って辛いことの方が多いけど…必ず解決策は見つかります。
プロフィール
花井富夫(はない とみお)
編集部より
翌日には修理が完了。お客様はとても喜んでいらしたそうです。
きっと今日も、新たな依頼が舞い込んでいることでしょう。