茶碗の中の水琴窟【からくり箱の好奇心|第20回】

夏を迎えると、ふと耳にする音にも涼やかさが恋しくなる。風が葉を揺らす音、小川のせせらぎ、そして寺院や庭園に設けられた水琴窟の響きも、そのひとつだろう。
水琴窟は、地中に埋めた甕の中へ水滴が落ちるようにして、その反響音を楽しむ日本の伝統的な仕掛けである。私たちは古くから、鍾乳洞に響く水滴の音、雨樋からこぼれる雨粒の音、浜辺に寄せる波の音など、水から生まれる響きに心が動く。そこには、「1/fゆらぎ」と呼ばれる自然のリズムが息づいているからだという。
そんな水琴窟によく似た響きと、思いがけない場所で出会った。
煎茶を淹れ、急須から茶碗へ注ぎ、最後の数滴が落ちるとき。透き通った滴の音がチリン、チリンと響いたのである。この響きは、まるで茶碗の中に小さな水琴窟が現れたかのようだった。
以来、その音をもう一度聴きたいのだが、毎回同じようには鳴らない。茶葉の量、お湯の温度、急須を傾ける角度、滴の大きさ、落ちる速度。そして心を落ち着け、手首だけでなく腕全体を使って静かに注ぐ。そんな工夫の先に、一瞬だけ茶碗の中に心地よい響きが現れるようだ。茶の湯が単に飲み物を味わうだけではなく、音や香り、手に触れる感触や味わい、端正な所作までも含めて楽しむものであるように。急須から茶碗へしたたり落ちる一滴、その一滴が奏でる音もまた、風雅にあふれている。耳を澄ませば、茶碗の中の小さな水琴窟が、今日もひそやかにひとときの涼を届けてくれる。
■プロフィール
西濱 謙二(にしはま けんじ)
広島市生まれ・在住のライターです。人、街、企業、モノづくりなどの取材と撮影をフリーランスでしています。様々に活躍される方々からお話を聞くご縁に感謝し、同じシニア世代の方々にとって共感したり、和みになったり、小さくとも何かのお役に立てればと願っています。
記事の感想をお聞かせください!

