【からくり箱の好奇心|第7回】朝のコーヒーは目覚まし時計
まだ夜明けの静けさが残る頃、キッチンに向かう。ポットに湯を沸かし、コーヒーの豆を挽く。香りが立ち上がり、眠っていた五感を少しずつ呼び覚ましてくれる。カップを手にした瞬間、心と体が「今日の始まり」を実感する。
初めてコーヒーを飲んだのは、中学生のとき。なんと苦いものかと驚いたが、やがて社会人になると、コーヒータイムはすっかり生活の一部になった。また、旅先で飲んだ早朝の一杯は忘れられない。窓の外に広がる風景を眺めながら味わったコーヒーは、今でも香りとともに思い出す。
近頃は豆の種類を選んだり、ドリップする時間を変えてみたりと、小さな工夫を楽しんでいる。気に入ったマグカップで飲むと、それだけで気分がいい。そんな些細なことが一日の始まりを整えてくれる。
これから夏を迎えると、前夜から仕込んでおく水出しコーヒーが楽しみだ。ゆっくり抽出した一杯は、すっきりとマイルドな風味で、爽やかに一日が始まっていく。
コーヒーには気分をリフレッシュしたり、集中力を高める働きがあると言われる。だが、そうした効能よりも「時間が整うこと」が何よりもありがたい。忙しい日も、気分が重いときも、まずは香り高い一杯を淹れる。それだけで、本来の自分を取り戻せるのだ。朝のコーヒーとは、あわただしい毎日に自分を失うことなく、ていねいに生きていくよう、心に鳴り響く目覚まし時計なのかも知れない。
■プロフィール
西濱 謙二(にしはま けんじ)
広島市生まれ・在住のライターです。人、街、企業、モノづくりなどの取材と撮影をフリーランスでしています。様々に活躍される方々からお話を聞くご縁に感謝し、同じシニア世代の方々にとって共感したり、和みになったり、小さくとも何かのお役に立てればと願っています。