【からくり箱の好奇心|第3回】イマジネーションを広げて、映画の中へ
映画を観るなら映画館の大スクリーンに限る、という人は多い。たしかに迫力いっぱいの映像とサウンドで、ジェットコースターに乗るような作品にはぴったりだ。その一方、「映画は家の小さなテレビで観ています」というファンがいる。彼は理髪店を営んでおり、ハサミを使いながら、私にいろいろな映画の話をしてくれた。映画の感動は画面サイズでは決まらない、自分の想像力を発揮して、その作品の世界に入り込めたら楽しめる、と彼は言うのだ。
先日、JRのローカル線に乗車した時、タブレットPCで映画を観ていたら、静かな駅で停車したままなかなか動かない。見渡せば車両にいるのは私だけ。タブレットの小さな画面でも、列車を舞台にスリリングなストーリーが進んでいく。現実と映画がシンクロしたようなひとときを過ごし、やがて列車は動き出したが、不思議な体験だった。
今や古今の名作から話題の新作まで、いつでも、どこでも映画が観られるようになった。あとは作品世界の中へ、すっと入れるイマジネーションがあるかどうか、だ。なお映画好きな理髪師の店は、ある日、予告もなしに閉店した。もしかすると彼は愛用のハサミとともに映画の世界へ旅立ったのかも知れない。
■プロフィール
西濱 謙二(にしはま けんじ)
広島市生まれ・在住のライターです。人、街、企業、モノづくりなどの取材と撮影をフリーランスでしています。様々に活躍される方々からお話を聞くご縁に感謝し、同じシニア世代の方々にとって共感したり、和みになったり、小さくとも何かのお役に立てればと願っています。