平和 × 記憶 ― 次の世代に渡すもの【ZUTTO語録#05】

ZUTTOでは、広島での取材ということもあり、「記憶」や「平和」についての言葉に出会うことがよくあります。
大きなテーマではありますが、皆さんのお話は身近で、暮らしの中から静かににじみ出たものばかりです。
今回は“次の世代に渡したい思い”にまつわる言葉をまとめました。
まずは、被爆と平和を伝えるボランティアガイドとして活動されている岩田さんの声です。
「私たちの世代では、被爆した方や戦争を体験した方がご近所にいるのはごく普通のことでした。しかし、歳月とともに高齢化が進み、お話を聞く機会は失われていくばかりです。なにか方策はないかと、私なりに考えてみたいと思っています。」

“当たり前にあった記憶”が少しずつ触れられなくなっていくこと。その寂しさと、「何かできないか」と静かに模索する姿勢が、この言葉から伝わってきました。
続いて、「平和」をもっと身近な感覚として捉えた言葉です。
「…実は今も、物を売るだけじゃなくて使ってもらった時に『いい気分になってもらう』のが目的なんです。…幸せな気分だと、その時間だけは人と争うこともないし、世界が平和になる気がするんです。」

手に取るとニヤッとしてしまうお気に入りを選んで頂きました。信荘さんは手編みのカゴ。千愛さんは金の釉薬が渋く光るお皿。
とても小さな視点ですが、本質に触れる言葉だと感じます。
“幸せな気分の時間には、人と争わない”という感覚は、まさに平和の種そのものかもしれません。
大きな活動をしなくても、壮大なメッセージを掲げなくても、日常の中でできることはたくさんあります。
誰かの話に耳を傾けること。
自分のルーツや地域の記憶に触れること。
日々を少しやわらかくして、争いのない空気をつくること。
平和は“特別な誰かが守るもの”ではなく、生活の積み重ねの中で、ゆっくりと育っていくものなのだと感じます。
次回もまた、こころに残った言葉をお届けします。
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